昭和57年4月3日 朝の御理解 ●④、①、⑥、② 【入力者:梶原佳行】
御理解第8節 「子供の中にくずの子があれば、それがかわいいのが親の心じゃ。不信心者ほど神はかわいい。信心しておかげを受けてくれよ」
「不信心者ほど神はかわいい」と仰せられる、そのここのところにあるかわいいというのは、えー、人情でいう、もう目の中にいれても痛くないほどのかわいさと、それとは違うんですね。それこそかわいい子には旅をさせとか、ね、いわゆる本当の神情、神心ということになるのじゃないでしょうか。
本当に熱心に信心もする。けれども、もう一つも信心が分からない。おかげの有り難さは分っても、信心の有り難さに触れていかない。そういう場合など、もう本当に、まぁ一生けんめい信心するけれども、神様が下さろうとするおかげというのは、やはり人間の、もうあの世この世を通して助かっていけれる信心だと思うんですよね。
ですから、信心すれば御神徳が誰でも受けられると仰る。その御神徳を受けてくれよと。この御神徳というのは、もう人間氏子だけにしか渡されないものだと。それはなるほど天地金乃神様の御恩恵によって、牛であろうが、馬であろうが、御恩恵によくしておるわけですけれども、御恩恵によくしておるからというて、牛に馬に御神徳をやるわけにはいかん。
こりゃもう人間だけにしかやれないのだと。しかも、その人間もです、ね、いうならば信心すれば誰でもお徳が受けれらるという信心。本当の、いうなら真の信心によって、真の徳を受けられるということ。だから、私共人間氏子、神様からご覧になると、氏子にかけられる願いというのは、どうぞ信心しておかげを受けてくれよと。どうぞ信心して御神徳を受けてくれよ。もうそれこそこの世だけのことではない。この世あの世を通しておかげの頂けれる信心をしてくれよとある。
それになら、まぁ信心がないなら仕方がないけれども、信心を頂いておって、真の信心に開眼ができない氏子ほど、神様はかわいいもんじゃと思われるんじゃないでしょうかね。この氏子は少しは見込みがあると思われれば、思われるほど、いうならお期待も、私はきびしいと思うですね。
●④私共が、今日こうしておかげを受けておる。もう本当に長年の一家をあげての信心ですから、まぁ皆さんが大坪さんがおかげを受けられんならばと、もう受けなさるに違いはないという風に、まぁ皆にもいわれるくらいに、まぁ一生懸命の信心を、まぁさせて頂いておったつもりであった。
ところがそれは、なるほど長年の間にはもう、ただ奇跡としか言いようのないようなおかげを頂き続けてきましたけれども、信心が分かっていなかった。ただおかげの有り難さ、だからそれに答える、まぁ奉仕というか、御用御用というようなことには、まぁ打ち込んできたけれども、ならいよいよ私共が、裸一貫で北史の方から引き揚げて帰ってまいりまして、始めて目が覚めたという感じ。
ね、そこから今までの信心の間違いを気付かせてもらって、本当の信心に目覚めさせて頂いた。ところが、その真の信心に目覚めたからすぐおかげになるということじゃなかった。本当に真の信心に目覚めて来たのですから、いよいよ本当なものか、本当なものでないかを、神様としてはお試しをなさらなければならない立場に神様の方が立たれた訳。
ね、真の信心になったからさぁもうお徳をやるぞと仰らなかったんです。そして、あれほど信心されるのに、どうしてあんな難儀が続くだろうか。もう金光様の信心しよって、どうしてあんな貧乏しなさらんなんだろうかという、ね、もう次々と不幸なことがある、いわば、それこそ働けど働けど我暮らしは決して楽にならなかった。
そのたんべんに、それこそ( ? )じゃないけど、じっと手を見るのではなくて、じっと自分の心を見つめて来たということなんである。そこに神願が分り、神愛が分り、もうこれ、確かに貧よりつらいものはないと昔からいわれるように、それこそ(シヤクシビョウ?)の病よりも病よりも貧は辛いといわれるが、その辛さを本当になめてきた。
けれどもね、私の心の中に、こりゃ神様が大坪でなからなきゃ出来ん。それこそ末は横綱か大関かというように、神様を、いうなら目をつけておられるからこそ、この修行だなぁというところに、まぁ開眼が出来て、その修行がもうこのない・・・。
もうとにかく昨日、高橋さんのところの宅祭りでございましたから、あちらでも話たことでしたけれども、正義先生が、まぁ私その時分の頃からよく私はしっておりますから、本当に破れ靴を履いて、破れカバンさげて、破れ服着て、そしてあちらへこちらへと、まぁ伝え聞いては、難儀な人んところへお話にいっておった時分のことをです、本当にあの時分の親先生は、それこそ後光の指すようなものがあったといっております。●
信心すりゃどうしてこんなん難儀せんなだか、貧乏せんならんだろうかというとこには、そんなものは生まれてこないと思うですね。そりゃもう本当に、人に例えば一生懸命の修行の時にね、人に哀れを模様させるような修行じゃほんなこっちゃないです。もうそれこそ、生き生きとした、純粋な信心の喜びが、ね、こう心の底から湧いてでるようなおかげを頂かせてもらう。そこにはなら、初めてそうした親心に触れた時、ならその間、もう神様がまぁ様々な難儀、様々な修行させて下さいましたが、ね、そういう時こそ、やはり神様が本当の意味においての、いわゆる目の中に入れても痛くないというかわいさではなくて、それこそかわいい子には旅をさせよ。本当なものを与えるためには、本当の、いうならば実力を作らせようとなさる働きを私は感じます。
問題はね、昨日私、高橋さんのところのお祭りに参りました。御神前の間に、あの私が書いた、えー、●①「徳つみて栄える家や菊の花」という色紙がかかっております。ね、だから神様は、まぁ合楽の信心のまぁシンボルのようにいわれるのが菊の花ですけれども、その心にどんな場合でも聞くの花が頂ける。喜びが頂けるような信心させて頂くということが徳をつむことである。限りなく親の代より子の代と栄えていくようなお徳を下さろうとなさる働き。●
そして、私の控えにしてあるお部屋に、そこにも私の書いたものがありましたが、それには、ね、「天に任せよ、地にすがれよ」という、教祖様のみ教えが書いてあります。ですからね、あのお徳を受けるということはね、その地にすがるということはね、一生懸命どうぞ、どうぞということも入ってくるでしょうけれどもね、まぁ地にすがる信心は出来ても、その天に任せよというという信心が出来てないのです。
お徳を受けるのはね、もう任せ切る心なんです。神様を信じておるのどうのというても、いよいよの時には任せ切らんというなら、信じとるとは神様がね、だから有り難い有り難いていうのは、どのくらい有り難いじゃろうか。私を信じとる、信じとるというか、どのくらい信じておるだろうかというところに、天に任せよと言う信心が生き生きとしておらなければ、なかなか任せられん。ここまでは任せられるけれども、これから先は任せられんという事になってきたんではね、おかげにならん。
昨日、あちらのご神前に出らせて頂いた途端に頂きましたのは、あの天満宮さんなどで、鷽替えというのをするですね。こう木をこの削って、鷽というのがある。それであれ、正月ですか、あの鷽替えというのがあ、行事があって、もう沢山の人がわっしょいわっしょいでその、かえましょ、かえましょと言うて、あの、その鷽と、中にその金の玉がある。その金の玉とかえる行事なんです。ね、だから、皆さんもご承知のように、もう本当高橋さんのごたる信心の真似は出来んと。そうでしょうね、、もう福岡から何十年間参り続けておられるからな。
ん、それでいて、例えまぁ最近のことや、商売が不振の上にも不振といったようなね、まぁいうならば大変な修行をなさっておられます。ですから、何十年間の信心は新たかなおかげを頂くという信心は、分られたけれども、なら御神徳を頂くという事、いうならばあれほどの信心をさせて頂いておるのに、どうしてあんなに難儀なことが続くであろうかと。神様の仰せ通りに仕っておるのにも関わらず、もしおかげが頂けないならば、神様はうそ、嘘つきということになるのじゃないでしょうか。
何時も、宅祭りにはご親戚の方達も見えます。信心がないけれども。ところが昨日は見えておりませんでしたから、非常にお祭りがつかい良かったです。ありゃ妙なもんですね。例えばお祭りを見とっても、まぁ( ? )した風で拝みよる。お話を頂いておっても、まぁな、何をいうじゃろうかといったような風で聞きよるとが中に一人でもおると、もうお話がしにくいです。そういう意味でね、それがそのまぁ色々難儀をされるから親戚なんかにもご迷惑かけられる。
すとお前はまだ金光様に参りよるかと、これは4、5日前でしたけれども、言うたというた話を高橋さんから聞いてね、そげんとがおって、本当のよいお祭りが仕えられるはずがない。昨日はそういう意味で本当にすっきりした。本当に、あのまぁそういう意味で有り難いお祭りだった。
ですから、ならいわゆる天に任せて地にすがれで、地にすがってはおるけれども、何十年間という間お参りも続けた。しかも遠いところから、ね、福岡からここまで、朝、朝参りをなさった。それでおかげを受けられるなら、神様は嘘つきということ。ね、そこで、ならここにいうならば、高橋さんの信心にここに開眼してもらわなければならんことはです、それこそ屑の子ほど神はかわいいとおぼしめする、そのかわいいの内容がわかってもらわなければならん。
ね、昨日は、んー、お月次祭にあわせての勧学祭。それから私の誕生パーティーというようなことで、私のお話を聞かれた方達が、もう親先生もう先日はもう久しぶりでね、まぁ椛目時代、もう何十年前にもう繰り返しお話しよった昔話のような話を、私はさせて頂いた。
もう本当に改めて、もう本当に何十ぺん頂いたか分らんお話で、大変感動しました。そして、あの三つのお話の内容が、合楽の内容だといわれた。それが自分達に頂けてない事に改めて気が付いたというお届が何人もありました。ね、とりわけあの、婿選びの話。沢山ないうなら億万長者のお家の一人娘に、婿をとるというのである。
●⑥そりゃ沢山な候補者は、沢山な希望者はあるけれども、最後のおた、いうならば試験で何時も皆が落第をする。最後に来た青年は、それを見事に、まぁ受けぬいた。というのは、もうあなたがいよいよ私の方に養子に来てくださるならば、私の例えば趣味とか、何も一切知っとってもらわなきゃなりません。というて、その娘さんが自分の部屋に、その案内をしたと。ところが、もう驚くことにその部屋いっぱいに、もう骸骨が累々として積み重ねてあったというのである。もう見ただけでも、身震いがする思いで、皆はそこで失敗をした。
これは私の趣味なんです。というてその、骸骨のその手をほし折ったり、足をほし折ったりしてから食べて、食べるわけです。そしてあなたも一切れどうぞというて、ところがもうここまで、その色んな試しに、まぁいうなら合格したけれども、最後のお試しにですよね。まぁ試しというか、これに落第しちゃならんというのでそれを食べたところが、何とそれは氷砂糖出でいた骸骨であったというのですよね。だからここんところを頂けずしてですね、ごしん、だからもう神様の御演出なんです。どんなに苦しいとか辛いとかいうけれども、もう確かにどんな問題であっても、実際は問題が問題にはならない。一切が神愛、神願の現れと頂く時にね、もうそれこそ合掌して、成り行きを受けて行こうという生き方が、このことは出来るけれども、この事だけになった、だったら、あの、受けられないということではね、そのいわゆる億万長者のね、養子には入られんという事。●
まぁ私は億万長者というかね、もう本当に昨日私、感じたことでしたけれども、あちらへ参りましたら麻生さんが、あのすぐ見えられましたが、その前日のお祭りの模様やら、あのパーティーの模様やらをカラー写真でとっておられましたが、それをもう昨日きちっとアルバムにもう出来てきておるのを持ってきてくださいました。
何かあぁいうところにですね、もう一日でん早う親先生に、少しでん早う喜んでもらおうといったようなものがなからなければね、おそらく写真、ありゃ現像それから色々まぁ一週間なっとんかかるのじゃないでしょうかだいたいは。
それを、まぁとにかく無理を言われたわけでしょうね。そして、もう私が福岡へ参りますから、それに間に合うように、アルバムにしておられた。まぁ見事な写真が出来ておられました。とりわけあの、パーティーの時の、あの先生方の、お芝居、あの勧進帳の模様が、いわゆるそれこそカラーでね、もう私はあれ見ましてからもう、まぁなんとそのそれこそ東京の歌舞伎座のごたる感じでした。
後ろにはダーと長唄連中がならんどるですからね。もう写真で見ると本当にそうなんですよ。けど三橋先生がいよりました。私の横に座っておったお方が、もう合楽というところはもう大変なとこですね。先生方があんなすばらしいお芝居をなさる。しかもあぁいうその長唄とか三味線まで弾きなさる方達がおられますというて、それが最後にですよ。最後まで、やっぱり弾きよると思うておったわけです。後ろから見よったもんだから。
ね、いやあれはあんた人形さんですよち、いうて、まぁびっくりされたというて昨日研修の時に三橋先生がいよりました。したら、その三橋先生の横に座っとる人だけじゃなかったごたる風ですね。皆やっぱほんなもんと思うた人がやっぱあったらしいです。それがカラー写真でみると、いよいよほんなもんのごと見えるわけ。
ね、そして、まぁ皆さんも、それこそ昨日までもまだ、そのお芝居の感動がね、のこっとると皆さんが言うておられましたが。ね、んー、そういう例えば麻生さんのちょっとした心使いですけれども、あの親先生に喜んでもらうということ。なら昨日研修の時に、皆さんの、その芸談を聞かせて頂いたわけなんですけれどもね。もうとにかくあの、ね、親先生があの、喜んで下さるということだけに焦点を絞って皆が、いわゆる熱演をまぁされたわけですけれどもね。
まぁ昨日、梶原勝行先生が、研修の時に発表しておりました。あの人がだいたいもうここでは一番、そのまぁ名優といわれるぐらい上手なんですよ。ところがあの人だけの出る幕がなかったんです。だから監督さんをやったわけです。いうならばそれで、その前の晩まで一生懸命稽古されるけれども、どうしてもリズムに乗らない。
ね、そこはこうだ、あぁだというてもなかなか出きない。ところがその当日になってみて、もうそれこそ感動いっぱいで見たというのが、もう前の晩まで、1カ月間かかって出来なかったところが、いう、思う以上に出来たとこういうておるですね。もうきちっと、ちゃんとリズムに乗って、あの見終わったというて、そのことを、これは神様のおかげによらなければ出来ることではない。またやれというて、あぁいう演技が出来ることではないというて、しまいにとうとう泣き出してしもうた。
その模様を自分が本当に神様のおかげを頂かなければという、だからその親先生に喜んで頂きたいの一念がそういうことになり、ならそういうまぁ皆さんが感動されるような、ね、あの演技が、まぁ出来たわけですけれども、ね、それがとりもなおさず神様に喜んでもらう。神様に安心してもらえると言うことは、私共がね、神様が下さろうとする御神徳を受ける信心だと私は思います。
ただどんなに御利益を頂いて有り難い、勿体無いというとったんじゃ、神様は喜びなさらんと思う。どんどん御用が出来るから神様が喜びなさるかというとそうじゃないと思う。ね、神様が下さろうとする、いうならば、神様の、ね、屑の子ほどかわいいと仰せられる、そのかわいいの内容が分かって、ね、それこそ神願有り難しと頂けていけれるような生き方こそですね、神様が喜んで下さる。ん、この氏子には、何をどれだけやってもという安心が神様がしてくださる時に、頂けれるのが私共の上に頂けれる安心のおかげだと思うですね。神様が先ず安心して下さる。もうあの氏子はどこにほっておいても大丈夫だという。
これも昨日か一昨日、●②2日間御夢を頂かれたという久富繁雄さんが、色々長い御夢頂いておられますが、それを要約しますと、ね、合楽から、あの何か呼びに見えた。けどももうとにかく雨の降りで道が悪いこと道が悪いこと。こげな道が悪いならとこう思いよったら誰かがね、長靴を履いて行けと仰った。
ね、足を汚すこといらん。そりゃもう本当に歩きにくいようなところもあろうけれども、その時には、ね、雨が降る時は傘をさしていけ、道が悪いなら長靴を履いて行け。その明くる日は、もう断崖絶壁ちうな大、その高い高い山をね、したらこれに登れと頂いた。いやこげな山にはとても登られんといったら、ね、登るという気になりゃ手係りがある。足係りがあると仰る。教えておられます。問題は登ろうと思うか思わないかということなんです。ね、そこに腹を決めるか決めないかということなんです。
いうなら、だから信心にも度胸がいるという風にいわれるのは、そういうことじゃないでしょうか。そして、通った後には、なんのもう本当に驚いてしもうた。氷砂糖じゃったちうようなことなんです。●
私共ここへん、なら筋目の信心を思う手てみる時にです、様々なところを通らせて頂きましたがです、それが一切おかげを下さろう力を下さろういよいよ大きな豊かなおかげにもして下さろうとする働き以外にはなかったんですから。だから、体験者が語っておるのですから間違いがないです。合楽理念は。ね、ここをいよいよ御理念によるほかなしという頂き方をね、身に付けて行くおかげ。
昨日も、あちらへ参りましてお茶頂きながら、正教先生が、あの、の車であちらへ参りましたから。有る難儀な話を、のしておりましたが。しかしどげな難儀な中通っておっても、親先生ならこげんところをどげな風でとおりなさったじゃろうかと思うたらいっちょん難儀じゃないですばってんねということを、話しますから、ほんなこつの。どんなに例えば、苦しいとか、難儀とかと言う時であってもね、親先生はあぁして通られたということをお互いが知ってるんだから。
そこには不平も不足も要らない。難儀を感じんで済むようなおかげをいただきたいもんだと言う話でした。ね。ここでは私が、ならただ教祖様がこう教えておられるというだけではなてく、私がそれを頂いてみて、こんなに美味しいということを分って、美味しいから食べてご覧なさいといってるのじゃから。実は、それこそ、それが形が骸骨のものしておってもね、それこそ頂けれる度胸がね、出来てくる。
いよいよの時に、とてもこげな山には登られん。いやこげな道の悪かとこには、外には出られんというたら、いうなら合楽世界に到達しないんです。ね、そういう時には、長靴があろうがと。本気でその気になってみれ。これは私は昔頂いたお夢にやっぱ、それと同じようなお夢頂いたんです。とてもこの山には登れるはずはないと思うようなところに腹を決めて登るだんになったら、足をかけるようなところがあるんです。必ず。て上から桂がこうおりて来て、その桂にこうつかんで、してまた次に足をかけるところがずっとあって、頂上に登ったというお夢を頂いたことがあるんですけれども、その気になりゃ、もう神様は絶対、手がかり足がかりを下さるです。問題は腹を決めるか決めないかなんだ。ね、ただそこのところのおかげ。
さぁそこで手を放せといわれても、放し切らんでおるから、もう手はしびれてしもうて、それこそおちなきゃならない。放せとおっしゃる時に放したら、もう次にはつかむ勢いの、勢いがありますから、次の枝に捕まることが出来るんです。それをもう、もう放し切らんで、もうしびれきらしたようで、それを放すから、もうつかむ元気がない本当に、まぁおち込んでしまわなきゃならん。もう落ち込んだ心ではおかげにならんです。はい。
どんなでも、ね、神願有り難しと言えれる、思えれるようなあの信心をいよいよ身に付けていかなければなりません。でないと、神様の仰せが嘘になる。ね、その嘘を削り上げ作り上げた。もういよいよ金の玉と変えて頂けれる前提まで来ておって、それをね、金の玉にもひとしゅうお徳を頂けなかったら、こんな残念なことはない。いや神様がこんな残念な思いをなさることはなかろう。それこそかわいいもんじゃということじゃないでしょうか、ね。
それを頂き、そして現した時に、ね、いよいよ神様にも喜んでもらえれる安心して頂けれる、それこそ神も喜び金光大神も喜び、氏子もの喜びじゃと仰せられるようなおかげをどうでも頂きたい。ね、それにはやはり一心を立てること。ね、神様任せにならせて頂くこと。
昨日こちらへ到着いたしましたら、皆先生方が出迎えて、昨日は黄楊会があってました。で黄楊会の方達は皆、もう私が車から降りた途端に、あの竹内「和徳?」さんも黄楊会で来ておりましたが、親先生おかげを頂きました。昨日は、んー、伊万里の竹内先生の市長選挙が昨日、まぁ( ? )候補、別な候補から出らなかったら無投票であのおかげを頂かれることになっていたんです。で昨日一日、で、それがなかったから、いうなら無投票で、また四階、四期目の市長を務められることになった。
市長さんで四期も勤められる人ないそうですね。あぁいう先生の人柄もさる事ながら、本当にあれだけ熱心な行き届いた信心をなさる。●②4、5日前に、そのことのお届に見えた時に、あの伊万里の万、万というのは万という字が書いてあるでしょう。一万二万の万です。その楷書で書いた万という字を略して、この略した万を頂いたんです。
万と言う字は万【よろず】ということです。万【よろず】のことを略する御理解でした。だから、選挙で、誰かそこに相対の人があるというなら、ほりゃそりゃ運動もせんならん、演劇もわまりなさらんならん。運動費もずいぶん掛かることでしょうけれども、そういう事を、万のことを略するとその時頂いておりましたが、おかげで、まぁあれもこれもまぁ略されたとしか思われない、まぁおかげの中に。
だからね、まぁ昨日は、あのまぁおそらく、後で先生方はお礼に出て見えましょうけれども、「和則?」さんがそのことを、もう私が自動車から降りた途端、おかげを頂きましてこうこうでしたて。私は何か信心にはそういうもんがいるようですね。ね、麻生さんの、その写真といい。今の「和徳?」さんが降りた途端に、もうとにかく喜んでもらえる、安心してもらえることはさっさとこう、ね、表現できれる信心がいるようですね。
あー、もう頼みことばっかり、悔やみことばっかり、あぁあれがまた参って来たけんまた悔やみことじゃろうと思わんなんごたるこっちゃいかんですばい。だから自分の周囲を見まわしてですね。おかげと感じたところを一番口におかげを頂きましてこうというようなお届けをせんと狂う。こっちの方も人間じゃけんやっぱ。
ね、心が弾んでくるです。けど、また悔やみことばっかりきかにゃんかと思うたら、こっちがやっぱ心が暗くなる。それでは本当の良いお取次ぎが出来ない。ね、そして、まぁいうなら内容が本当におかげと実感出来る生き生きとしたものがなからなければ出来ないことですけれどもね。
おかげを頂いていくその、手立てということがあらゆる角度から説かれる合楽。それを本当に実験実証、いよいよ実験させてもらうという時には、まぁそれこそよろよろするようなこともありましょう。時には。そのここだけは頂かれんというところがありましょう。けどもこここそ天に任せる時だ。日頃地に縋る信心は出来ておるから、いよいよの時に、天に任せられるおかげ。
昨日は、お祭りからずっと引き続いて、あのたか、何ちゅうか、えー、田中先生ところですね、宮崎の、延岡。あの日に初めてご参詣になるという、約束をしておられたところが、あのその病人さんがあったのがもう危篤状態で、だからその病人をほっておいてはということであった。ところが田中先生が合楽に向かうのですから、といわれたから腹が決まって、なら電話でお願いをして、あの祝賀パーティーにも、お祭りも併せて頂こうというて、参ってみえて、そのお届けがあっておりました。
ん、そしたら昨日の朝、松永先生がこちらにおられますもんですから、電話がかかってきた。帰ってみたらもう本当に、もうそれこそびっくりするように、ね、全快しておるということじゃないけれども、危機をだしたというて、一家中の者が安心の喜びに浸っておりますというお電話がかかってきた。ね、度胸がいるでしょうが、だから。こと神様へ向かう時にはね、だから誰々さんもこげんじゃったけん、あんたもこうしなさいじゃいかんとですよ。こればっかりは。
ね、結局自分の物でなからなきゃ駄目なんです。ですから、いよいよその自分の場合です、自分の時です、今日は道が悪いけんでこげん雨が降りよるけんでと、こりゃ繁雄さんの場合。ね、そしたら、まぁ躊躇しておられたわけでしょう。したら、長靴を履いていけというお声を頂かれたちう。ね、もうとてもこげな山には登れませんよと思うだけで、いや登るという気を、心をつくればね、ちゃんと登らせて下さる。
昨日は、福岡の川上さんの鹿児島のお母さんが亡くなられて、(百日夜?)がたっておった。だからご主人と二人で、それこそいぎを正しての、まぁご参拝で、それこそ(あまなかのな?)を揃えて、その御霊様へ玉串をあげられました。
●②そのことを神様に私はお礼をもうさせ、もう帰られた後ですもんそれが。頂きましたら、あの三山道子という人がここに修行しておりましたがね、京都の方です。その三山道子さんを頂きますもん。ははー、今日のは御霊様が百日までには、それこそまぁ十日十日の帰幽、帰幽祭。それから50日祭。百日祭と大事な、そこには御霊ながらに山を越えていきよるわけですね。三つの山を越えた。けれども越えていくということという気、合楽理念に基づかせて頂いたら、ちゃんとそこに道がついたということじゃないでしょうかね。三山道子ということ。
泉尾の先生のお話じゃないけれども、「山を越え、山を越えても峠かな」と。昨日の御理解でね、一生が修行じゃとおっしゃる。だからそういう山を越え、山越えしていかんならんから、この世は苦の世だ苦の世界だというところに落ち込まずに、いうならば山登りが好きになる。若い人が登山をする喜びの、を感じてね、大きな重いリュックをかついででも、やはりしかも人が登れんような山に、こう挑んでいくという、そういうものが信心修行の中にはいるんです。
ね、その峠をいうならば越えて行くことに喜びを感じる。私の何十年間の信心はとてもそげな山には登られん、ただ楽なことおかげを頂くことだけしか、思わなかった私が、ね、いよいよあの終戦引き上げ、そしてそこからならどういう険しい山でも、一つ登らせて頂こう、そこに信心の喜びが、段々本当のものになってきたように、ね、その山登りが億劫であるといったようなことでは、私は本当の修行にはならんと思う。
ね、どうでも一つおかげを頂いてね、山登りが楽しゅうなるような信心。どういう、いうなら険阻な山でもね、それこそ工夫をこらしてでも、それにいわばね、何々を征服するとこういうふうに申しますね。そういう、いうなら信心。そういうおかげを頂いて、ね、おかげを頂きませんと、高橋さんのところで頂いたそれじゃないですけれども、神様の仰せが嘘になる。
ね、神様は嘘は仰ってない。本当にこういう信心乗り越えたところには、それこそ御神徳が受けられる世界。神様がどうぞ信心しておかげを受けてくれよと。これは人間氏子だけにしか与えられないのだと。というてその誰にでも彼にでもやるというわけにはいかんのだ。真の信心に、いうなら精進させて頂いて、神様にも喜んでもらう。安心してもらえるようなところから頂けるのが御神徳。
その御神徳を受けてはじめて神様はね、喜んで下さり、いわば安心して下さるのじゃないでしょうかね。どうぞ。